脳ある鷹は爪を隠す
脳ある鷹は爪を隠す
鷹が獲物を捕らえる時に爪を立てては狩りの意思を獲物に伝えて逃げられてしまうため、爪を隠すことで気付かれないように襲うといったことの例えから、本当の実力者は軽々しくそれを見せつけるような事はしないという意味として使われることわざです。(実際に鷹がそうしているのかはわかりません。)
ふと、このことわざを思い出す時があります。
本当に賢い人というのは自分の持っている爪をあからさまに見せる事はしません。
持っている資格、技術、知識。これを見せびらかしたり、他人と比較をする口実に使う人というのは本物ではないのだと思います。
本当にその道のプロは強かに爪を出します。
罵声や暴力で要求を訴えてくるのはチンピラで、本当にその道の親玉となれば逃げ道すら選択肢として提示してくるのでしょう。(私の主観ですが、あながち間違っていないはず・・。)
日本剣道型、太刀の型の中の四本目では、打太刀の八相の構えに対して仕太刀は脇構えをとり、打太刀に自分の刀身が見えないようにして互いに3歩入り機を見て互いに打ち合います。
つまりは刀身を見られては相手に自分の間合いを読まれてしまうと私は理解しています(実は剣道有段者←※これは爪じゃありませんよ!)
謙虚さというものは大切という事なのでしょう。
切磋琢磨という言葉もあるように。
鎬を削るという言葉もあるように。
水戸黄門みたいに「この爪が目に入らんのかー!!」なんてやったらぶった切られて当然なんだと思います。(黄門様についてはそんなに知らないので細かい所はカッツ・アイ!)
まぁ、そんな感じで。
人生というのは深いんです。(うるせーよ。)
深みを持った大人になりましょう。(だからうるせーよ。)
参考
日本剣道型、太刀の型、4本目